アメックスの経営方針転換
アメックス日本法人(日本支社)の経営方針が大きく変わったことはご存知でしょうか?
2016年後半から、アメックスの営業(販促)部門の方針が変わっています。
日本にアメックスが来てから100年弱の間に、ここまで大きな転換は実は初めてのことです。
この記事では、この経営方針の転換について詳しく紹介し、
カードの発行審査への影響や年会費への影響についても検討していきたいと思います。
アメックス顧客層はこう変わる!
デジタルマーケティングフォーラム(2016年11月29日開催)
上記記事は、日経デジタル広告の活用方法についてのフォーラム寄稿記事です。
アメリカンエキスプレス日本法人「安岡久美子(やすおか・くみこ)氏
アメリカン・エキスプレス・インターナショナル, Inc. 個人事業部門 マーケティング 副社長」がアメックスのマーケティングについて語っています。
安岡さんの社内でのポジションは一言でいえば、個人向けアメックス・カード部門のトップの立場の人です。
(アメックスの組織は大きく 「個人向けカード部門」と「法人向けカード部門」に分かれています)
アメックスの販売促進からブランド戦略まで一切を取り仕切っている方になります。
先程紹介した記事から重要な部分一部を抜粋します。
2016年9月より「世界で最も尊敬され、求められるサービスブランドになる」というブランドビジョンを具現化するために始まったのが、「Realise the Potential(リアライズ・ザ・ポテンシャル)」キャンペーンだ。
キャンペーンにあたり、まず取り組んだのがターゲット層の再定義だ。安岡氏は「ターゲット層の価値観は変わっている」と述べた。たとえば、従来のような会社中心の価値観から、会社以外のコミュニティ活動にも積極的に取り組むよう変わってきた。
また、消費行動は伝統や慣習、権威を重んじる傾向から、個人のライフスタイルにより重きを置き、家族を大事にする傾向が強まっている。20数年前は海外旅行が「夢」だったものが、今は海外と国内の間に存在していた壁がなくなっている。
こうしたターゲット層を取り巻く環境や価値観の変化に伴い、アメックスのブランドイメージも、従来捉えられてきた「『高級品を決済する時だけに使うカード』というイメージから、『日常の幅広いライフスタイルを提案する存在』へと変えていく必要があった」ということだ。
出典:http://ps.nikkei.co.jp/adweb/column/baitai20161129/article03.html
アメックスが顧客層を転換した理由
これまで100年以上にわたって最高級ブランドと、ハイクオリティーなサービスの代名詞だったアメックスは、
なぜ2016年になり、大きく方針転換を図ったのでしょうか?
このような方針転換には大きなリスクもあったはずです。
それにも関わらず大きな転換を断行したということは、それが必要となり迫られるだけの事情があったということになります。
アメックスといえば、あの世界的投資家のウォーレン・バフェットが評価し、大量保有するほどの世界的なブランド力を誇る企業です。
つまり、アメックスという企業を成り立たせている根幹の一つに「ブランド力」があるということになります。
では、もう少し考察を深め、「ブランド(力)」とはどのような要素でどのように成り立っているのかを考えてみましょう。
ブランド(力)とは何か
人々がブランド(力)があると認識することが必要で、この点は疑う余地がありません。
では人はどのような対象にそれを感じるのでしょうか。
ブランドを感じる・形成する要素を列挙してみます。
希少性
優越性
品質
サービス(即時性、利便性、応対 等)
安定感
継続期間
関係者のイメージ
他にも細かい要素はあるにしても、これらの要素で説明することが可能です。
なお、「価格」は取り扱う品物やサービスの特長によって変わってくるので上記には直接入ってきません。
(「すき屋」や「ユニクロ」は安い割に良いことがブランド力に繋がっていますよね。)
アメックスのブランド力はどのようなバランスか
以前のアメックスのブランド力はどのような割合だったか、イメージを元に10段階で数値化してみましょう。
・希少性 8/10
・優越性 9/10
・品質 7/10
・サービス(即時性、利便性、応対 等) 6/10
・安定感 9/10
・継続期間 10/10
・関係者のイメージ 9/10
このような感じになるかと思います。
(サービスの項目を6にしたのは費用対効果の側面からです。)
最近になりこれがどう変化したのか、10段階で数値化してみましょう。
・希少性 8/10 ⇒ 6/8 (希少性そのものへの評価の減少)
・優越性 9/10 ⇒ 6/7 (優越性そのものへの評価の減少)
・品質 7/10 ⇒ 6/10(品質に求める内容の変化による減少)
・サービス 6/10 ⇒ 5/10(サービスに求める内容の変化による減少)
・安定感 9/10 ⇒ 変化なし
・継続期間 10/10 ⇒ 8/8(伝統・権威への評価の減少)
・関係者のイメージ9/10 ⇒ 7/10(富裕層へのイメージ変化による減少)
※この数値化はあくまでイメージしやすいように記述したものであることにご留意ください。
このように大幅な価値観の変化によって、トータルでのブランド力の大きな減少に繋がっていることが分かります。
変わる世間の価値観
昭和の時代に持てはやされた価値観のうち、いくつかは既に時代に合わないものとなってきました。
先程の「ネオ・ポテンシャリスト」の説明画像にもあったように
伝統・慣習・権威
会社や組織への忠誠
海外への憧れ
所有志向
といったものは既に前時代的な価値観となっています。
これによって、「カッコイイ」「あこがれる」人物像やライフスタイル像が変わってしまったわけです。
高級外車や高級マンションは昔ほどカッコよくないし、
海外旅行や海外生活も昔ほどカッコよくなくなりました。
伝統と格式のある企業へ勤めたり、権威ある賞をもらっても、
モーレツ社員になっても、羽振りをよくしても昔ほど評価されません。
アメックスへの影響
アメックスも以前はこれらの要素を取り入れたブランド戦略を展開していました。
アメックスと聞けば、条件反射的にこれらのイメージを伴って思い出す人も多いはずです。
それほど、アメックスは時代の要請に沿って、前時代的な価値観は同化・一体化していたのです。
これらの価値観が衰退し、このままではアメックスも一緒に沈んでいってしまう、という危機感を持つに至ったわけです。
新しい顧客層へアプローチし始めたアメックスのCM(コマーシャル)一覧
2017
2016
「ポテンシャル」というフレーズがちりばめられています。
審査への影響は!?
アメックスが色々考えて経営方針が変わったのは分かりましたが、
私たちが気になるのは、そんな大きいことより、何と言っても審査や年会費への影響ですよね。
そこで、アメックスが具体的にどうなっていき、その結果、ユーザーにどう影響するのかまとめました。
2017年~アメリカン・エキスプレス社 経営の方向性
・会員数 ⇒ 増
・発行数 ⇒ 増
・年会費 ⇒ 維持or減少
・サービス ⇒ 強化(高級サービスを減らし、日常生活や旅行サービスを増加)
・限度額 ⇒ 維持(一人当たりの限度額)
・提携カード ⇒ 強化(ANAアメックス等)
・審査難易度⇒ 易化(センチュリオン以外)
会員数 ⇒ 増
日本経済全体でも一人当たりの消費は下がっており、顧客ターゲットもミドル層にしていくため、業績を維持・向上するためには会員数を増やす方向に進めるしかありません。
発行数 ⇒ 増
会員数を確保するためには、入会を増やし退会を減らすしかないですが、退会数を減らすと同時に、発行(入会)数を増やす方向で進めることになります。
年会費 ⇒ 維持or減少
顧客の平均可処分所得が下がる以上、年会費を下げるか維持する方向にしなければ入会数・退会数が悪化することは確実なため、維持or減少の方向で進めるしかありません。
サービス ⇒ 強化
サービスは価値観の多様化によってユーザーに何が響くのかが絞り切れないため、しばらくの間は色々なサービスを導入しては打ち切りながら試行錯誤することになると予測します。
高級サービスは既存会員に好評なものを残しつつ、利用率が低く、継続率に悪影響の少ないものから打ち切られていき、その分日常生活や旅行をサポートするサービスに充てられていくでしょう。
全体としてはサービス強化の方向に進むと思われます。
限度額 ⇒ 維持
同じ可処分所得なら同じくらいの限度額で変わりません。
限度額は全体でみると可処分所得と相関しているため、平均限度額は下がる方向で進みます。
提携カード ⇒ 強化
ターゲットとなるミドル層(ネオポテンシャリスト)の利用促進のため、それらと親和性の特に高い一部の提携カードが強化されます。
審査難易度 ⇒ 易化
会員数を確保するためには入会を促進するしかなく、親しみやすいカードとしてミドル層に訴求していく以上、審査難易度は大きく下がることが予想されます。かといって、どこまでも下げれば経営の悪化につながるため、どこまで審査基準を緩和できるかを手探りで行っている状況といえるでしょう。
加盟店手数料と年会費のバランス
クレジットカードの運営会社として、収入源には2つの大きな柱があります。
一つ目はユーザーおなじみの「年会費」
もう一つは、お店から徴収する「加盟店手数料」です。
この2つの儲けによってクレジットカード会社は利益を出しているということです。
カード会社も営利企業なので、結局のところこの2つをいかに高めるか?というところが大きな経営上の目標になってくるわけです。
それではこの2つの収入源について簡単に説明していきましょう。
安定した収入源となる年会費
カードユーザーから毎年徴収する年会費は、定額ですが安定した売上を見込めます。
このため、「現役の会員数」や「会員獲得数」に一定の指標を設けて販促活動を行っている企業が多いです。
使われれば使われるほど収入になる加盟店手数料
一方、お店から徴収する加盟店手数料は、基本的に売上の金額に何%というかたちで発生する従量課金の仕組みになっています。
何%の手数料率になるかは、基本的にはそのお店での売上の大きさによって決まります。
2つの収入源をどういうバランスにするか、がクレジットカード会社の特長でもあり腕の見せ所でもあるわけです。
日本で発行枚数が多い楽天カードを例に、シナリオを説明しましょう。
(1)安い年会費と高いポイント、利便性でたくさんの会員を入会
(2)平均の消費金額は低くても、とにかく回数を使ってもらうことで総利用額を拡大
(3)ユーザー管理や与信管理、貸し倒れリスクは増大するが、利用率とスケールメリットでカバー
ユーザーと加盟店の間で揺れるアメックスのジレンマ
アメックスは楽天カード等の対極で、最も年会費型のクレジットカード会社です。
シナリオの流れとしては、
(1)高額な年会費に設定し、高所得層のユーザーを集める
(2)高所得層の顧客を囲っているため、アメックスの加盟店になればこれらの顧客が増えることを売りに加盟店を増やし、高めの加盟店手数料を徴収する。
このような戦略で営業していたわけです。
ところが、経営方針転換によって「高所得層のユーザーを集める」が変わってしまうと、加盟店に対して(2)の訴求が弱くなってしまうというジレンマが生じます。
「アメックスを導入しても大して売上は増えない」全国にあるお店にこう思われてしまったら、料率は下がり、導入店舗数も減り、交渉力も大幅に下がり、収益が大幅に悪化してしまうことは明らかです。
このため、表立っては「審査基準を下げて平均所得帯にもターゲットを拡大する」とは名言できず、ネオポテンシャリストのような単語を使い少しオブラートに包みながら、ユーザーや勧誘方面だけに向けて方向性を提示しているという事情もあるのです。
ですから、高所得層のユーザーに用いられつつミドル層を取り込んでいくという難しいことをやろうとしているのです。
アメックスユーザーにとっては分かりにいのですが、審査や年会費の方向は基準が緩和されていく方向に進んでいくというメッセージでもあります。